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マイ・バック・ページ ある60年代の物語  川本三郎著 [けもの道の幸福]

マイ・バック・ページ ある60年代の物語  川本三郎著

平凡社  2010年11月25日初版第1刷発行
1260円    読書時間2時間


1988年に出版された本の復刊だそうです。
当時、丸谷才一氏は、”比類ない青春の書”と評したという。
何とも切ない話しだな、と私は思いました。


川本三郎氏のエッセイや評論は、何冊か読んでいたものの
迂闊にも氏のキャリアはまったく知らなかった。
だから、朝日ジャーナルの記者の身分で左翼思想犯に関わる
証拠隠滅容疑で逮捕、解雇という過去にはひどく驚くしかありません。


私が小学校4年生の時に、連合赤軍の浅間山荘事件があった。
夕方、外から遊んで帰ると(当時は塾なんかなかった)、クレーンの先の大きな鉄球が
家の窓を壊し、催涙ガスを外に出すために雨戸をあける男がいた。
逮捕時には、同僚を銃撃で失った機動隊、警察官の大きな罵声が飛び交っていた
のを覚えている。


その後、リンチ事件が明らかになっていく流れの中での新聞報道もすごかったな。
”お腹の子を取り出せ”という大きな見出しは、小学生にも大きなインパクトを
与えたのだから。


個人的には、ゲバ棒が懐かしい。


通学路の途中に明治大学工学部(当時はのんびりした田舎の大学で、
数年前にはビートたけしが在籍、たけしは田舎をネタにしていた)があったので、
小学校3年生の帰宅時に、50名ほどのささやかなデモ行進に遭遇したのだ。
ゲバ棒を抱いた先頭の3人くらいは、ヘルメットにタオルで顔を隠し、活動家らしかったが
残りは、長髪のノンポリ学生といったところで、小学生もすぐに仲間に入れてくれた。


生田駅までの500メートルほどを、ダラダラと進んだが、あの歩くのではなく
ゆっくりジョギングするような足取りを何と言うのだろう?
なぜか、最後尾にもゲバ棒があって、持たせてもらった記憶がある。
小学生3人は、”安保反対、こづかい上げろ”と、のんきにシュプレヒコールを繰り返した。
(その後、デモ隊は小田急線生田駅のホームに乱入し、ビラをまいた。
 以後、機動隊のバスが時々見張りに着くようになった。)


今から思うと、実に貴重な体験であったわけだが、その時代の背景が理解
出来るようになったのは、ごく最近のこと。
この本も、時代の空気を生々しく伝えてくれます。

(つづく)

 


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